東京高等裁判所 昭和56年(う)552号 判決 1981年6月17日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一〇月に処する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人伊坂重昭作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
論旨は量刑不当の主張であるが、これに対する判断に先立ち、職権により原判決の法令適用について検討すると、原判決は、原判示の事実、すなわち、「被告人が、坂本明及び渡辺忠男と共謀のうえ、大蔵大臣の免許を受けないで、(一)若林久治ほか五名に対し、それぞれ、昭和五三年八月から昭和五四年六月までの期間を定め、その途中又は満了時において一定の金額の給付をすることを約したうえ、昭和五三年八月一〇日ころから同年一一月一六日ころまでの間、右の若林らから二四回にわたり、合計二億円を掛金として受け入れ、(二)右の若林ほか一名に対しそれぞれ、同年一一月から昭和五四年九月までの期間を定め、その途中又は満了時において一定の金額の給付をすることを約したうえ、昭和五三年一一月五日ころ及び同月六日ころ、右の若林らから二回にわたり合計二、〇〇〇万円を掛金として受け入れ、もつて相互銀行業を営んだものである。」との事実を認定したうえ、右の(一)及び(二)の事実に対し、いずれも、相互銀行法二三条、二条一項一号、三条一項、刑法六〇条を適用し、且つ両者を刑法四五条前段の併合罪として法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を処断していることが明らかである。
判旨ところで、相互銀行法二条一項一号の業務にかかる同法二三条違反の罪は、同法二条一項一号所定の行為を反覆継続の意思をもつて行うことを前提とするものであり、いわゆる集合犯と解すべきところ、本件は、設定された無尽の講数が二個であるが、その掛金受入が時期的に一部重複しており、反覆継続の意思をもつて行われたことは明らかであるから、その全体が包括して同法二三条違反の一罪を構成すると解するのが相当である。
してみると、前記のような罪数判断をした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。原判決は既にこの点において破棄を免れない。
そこで、論旨に対する判断をするまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、更に当裁判所において次のように自判する。
原判決が認定した事実に法律を適用すると、判示事実は、包括して相互銀行法二三条、二条一項一号、三条一項、四条、刑法六〇条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択した刑期の範囲内において、後記の量刑事情を考慮し、被告人を懲役一〇月に処することとする。
(岡村治信 林修 雛形要松)
<参考・第一審判決抄>
(横浜地裁昭五五(わ)第八四一号、昭56.2.10判決)
(罪となるべき事実)
被告人は、坂本明及び渡辺忠男と共謀のうえ、大蔵大臣の免許を受けないで、
一 別表番号1ないし6記載のとおり、若林久治ほか五名に対し、それぞれ昭和五三年八月から同五四年六月までの期間を定め、その途中又は満了時において一定の金額の給付をすることを約したうえ、同五三年八月一〇日ころから同年一一月一六日ころまでの間、二四回にわたり、東京都港区高輪二丁目一二番五六号高輪ヒルズ四〇一号伊藤明子方ほか六か所において、右若林久治らから合計二〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を掛金として受入れ
二 別表番号7、8記載のとおり、若林久治ほか一名に対し、それぞれ同五三年一一月から同五四年九月までの期間を定め、その途中又は満了時において一定の金額の給付をすることを約したうえ、同五三年一一月五日ころ及び同月六日ころの二回にわたり、前記伊藤明子方ほか一か所において、右若林久治らから合計二〇、〇〇〇、〇〇〇円を掛金として受入れ
もつて相互銀行業を営んだものである。
別表
番号
契約掛金
受入期間
(昭和 年 月)
掛金受入年月日
及び回数
(昭和年月日ころ)
掛金受入場所
掛金支払者
口数
掛金受入総額
(円)
備考
(1口毎月掛金)
1
53.8から
54.6まで
53.8.12から
〃.11.16まで
4回
東京都港区高輪2丁目12番56号
高輪ヒルズ401号 伊藤明子方
ほか1か所
若林久治
1
25,000,000
初回金
10,000,000円
次回以降
5,000,000円
2
〃
53.8.10から
〃.11.15まで
4回
川崎市高津区溝ノ口410番地
丸広興業株式会社
ほか1か所
田辺広治
2
50,000,000
〃
3
〃
53.8.10から
〃.11.15まで
4回
東京都港区六本木6丁目5番9号
カンエイ商事株式会社
ほか1か所
寛野栄一郎
2
50,000,000
〃
4
〃
53.8.15から
〃.11.15まで
4回
前記 伊藤明子方
ほか1か所
水野健
1
25,000,000
〃
5
〃
53.8.15から
〃.11.15まで
4回
同都豊島区高松2丁目29番地
小林昭三方
ほか1か所
小林昭三
1
25,000,000
〃
6
〃
53.8.15から
〃.11.15まで
4回
同都千代田区永田町2丁目14番3号
赤坂東急ホテル
ほか1か所
敏行こと
志賀三郎
1
25,000,000
〃
7
53.11から
54.9まで
53.11.6
1回
前記 伊藤明子方
若林久治
1
10,000,000
〃
8
〃
53.11.5
1回
前記 丸広興業株式会社
田辺広治
1
10,000,000
〃
合計
220,000,000
弁護人は、被告人の本件各所為は、法で規制を受けないいわゆる組合無尽であるとして、縷々その理由を述べるのであるが、組合無尽と認められるべき場合の条件として論ずるその一般論は是認し得るところがあるとしても、被告人の本件無尽には、証拠に照し、次のような諸事情が認められるので、弁護人の、本件は組合無尽であるとする右主張は結局誤りであるという他はない。すなわち、本件各無尽は、被告人が巨額の旧債務を弁済し、経済的に再出発をするためという、もつぱら被告人個人の事情にその動機、目的があつて、被告人が発起、勧誘し、被告人の利益と被告人の危険負担において運営されたものであること、被告人が稲川会理事長の立場で、会員数千名を擁する組織を背景とし、それがある故の信用性を強調し、被告人がいわゆるメンツをかけ最後まで責任を持つ旨説得して参加者を加入させたものであること、親である被告人が一回目を総取りするものであり、また、この利益があるからこそ発起、運営されたものであつて、発起した被告人に給付が優先するという偶然給付に対するきわめて強い例外が設けられているものである反面、他方では、銀行預金よりもよい利殖になる旨しきりに吹聴しており、その実態はまさに稲川会の無尽のごとき観を呈しているものであること、本件無尽の参加者は、被告人が直接または坂本を介して強引に誘つた者ばかりであつて、参加者は、当初、互いに他の加入者を知ることなく、あるいは若干の者の氏名を知らされ、また、後日の「せり」の会場で多少の面識のある者に出会つたとしても、相互には無尽の運営、遂行につき信頼し合える人的関係はなく、まして、本件無尽によつて参加者相互の扶助の意思も目的もなく、ただ、単に被告人の無尽に加入したという意識を持つにすぎない者ばかりであること、本件無尽は、その半ばにおいて二口が並行して実施されているものであるが、被告人は本件の他にも相前後し、並行して無尽を計画、実施していたものであつて、これにより、実質上、無尽加入の口数や参加者の中途における増減を行つていたものと見ることもできるので、口数などが終始一貫していたとはいい得ないこと、そして、これらの状況からは、被告人と被告人以外の参加者は本件無尽において実質的には利害、立場が対立関係にあつたことが否定できないのであつて、以上の諸事情のもとにおいては、被告人に判示の罪が成立することは明らかである。